「タバコを売ってはいけない」ニュージーランドの新たなタバコ規制法とは
ニュージーランド(アオテアロア)議会が、新たに可決したタバコ規制法に注目が集まっている。これは2009年1月1日以降に生まれた人に対し、タバコを売ることを禁じるという法律だ。どこがどのように画期的なのだろうか。
2009年1月1日以降に生まれた人にタバコを売ってはいけない
ニュージーランド議会は2022年12月13日、「Smokefree Environments and Regulated Products (Smoked Tobacco) Amendment Bill(禁煙環境と規制対象製品『可燃性タバコ、紙巻きタバコ』修正法案)」を可決した。今後、Royal Assent(英国総督の同意)を経て正式に可決成立し、2023年1月1日から部分的に施行される。
この法律の中核をなす部分の2009年1月1日以降に生まれたニュージーランド国民に対する紙巻きタバコの販売規制は2027年1月1日から施行されるが、施行時に18歳以下の人へそれ以降、紙巻きタバコを販売することができなくなる。
これに違反すると、最大で15万ニュージーランドドル(日本円で約1300万円)の罰金が科せられる可能性があり、売らずに無償で譲った場合も最大で5万ニュージーランドドル(約435万円)の罰金が科せられる可能性がある。これはかなり高額な罰金で抑制効果は強いだろう。
タバコを買える年齢制限が1年ごとに増えて対象人口が増え、やがて全ての国民にタバコを売ることができなくなるというこの法律のインパクトは大きい。
一国単位でいえば、ニュージーランドが世界で最も厳しいタバコ規制を課す国になる。ブータンは国内でのタバコ販売を禁止したが、コロナ禍の中、2021年6月にこの規制をやめている。
また、後述するように国民を巻き込んだ議論の末、タバコの健康への害について認識を共有した結果という点を強調したい。誰もがきれいな空気を吸う権利、タバコによる病気の深刻さ、タバコにより介護が必要になる人の問題、医療や社会保障への過大な負荷などなど、タバコを規制することが「正義」というのは世界共通のコンセンサスだ。
新型タバコは適用外
ニュージーランドの喫煙率は全体で約8%と過去最低となっている。また、今回の法律は紙巻きタバコが対象で、加熱式タバコと電子タバコなどは適用外だ。
これは、新型タバコによる禁煙効果、ハームリダクションを活用しようという判断によるものだが、ニュージーランドの若い世代の電子タバコなどの新型タバコの喫煙率は増えていて、この点では穴のある法律といえる。なぜなら新型タバコによる禁煙効果には疑問が多く、多種多様な製品の中には明らかに健康に害を及ぼすものも少なくないからだ(※1)。
一方、この法律ではタバコ製品のニコチン含有量に対しても規制がかけられ、1グラムあたり0.8ミリグラム以内にしなければならない。
日本ではJTのメビウスのほとんどの製品のニコチン含有量は1本あたり0.8ミリグラム以下だが、1本の重さが1グラム以下なので、メビウス・シリーズがニュージーランドのタバコ規制に引っかかるかどうか微妙な数値といえる。
米国のFDA(食品医薬品局)もニコチン総量規制への動きをみせているが、ニコチン含有量はニコチン依存症になってしまうかどうかを強く左右する。今後、日本でも議論が必要になってくるだろう。
社会経済的な弱者への健康政策
今回のタバコ規制法の最も重要な目的は、若い世代の禁煙化を進めることにあるが、とりわけ先住民であるマオリや太平洋諸島の住民のタバコによる健康被害が大きく、これを是正することにある。同国では受動喫煙を含む喫煙により毎年約5000人が死亡しているとされるが、喫煙率は、マオリ、太平洋諸島の住民、白人、アジア人などで大きく異なっている。
1980年代の調査では、マオリの肺がんの罹患率は世界で最も高かった(※2)。また、1984年の調査によれば、マオリの喫煙率は12歳以上の男性で57%、女性で63%と女性の喫煙率のほうが高かったという(※3)。
同国政府が2010年に行った調査では、全体の喫煙率は減少しているが、マオリと太平洋諸島の住民の喫煙率は逆に上がっていたことがわかった。特にマオリの女性の喫煙率は高く、肺がんの発生率もかなり高い。同調査では、妊婦の喫煙による胎児への悪影響、子どもへの受動喫煙なども問題視され、マオリの伝統的な長老文化が破壊される危険性もあると指摘された(※4)。
前述した通り、ニュージーランド全体の喫煙率は約8%だが、マオリで22.3%、太平洋諸島の住民で16.4%、ヨーロッパ系などの住民で8.3%、アジア系住民で3.9%となっており、先住民や島嶼部住民で高い傾向が顕著にみえる。また、社会経済格差による健康格差の影響も大きく、最貧層地域の住民の喫煙率は最富裕層地域の住民の約6倍という試算もある(※5)。
各国も追随か、日本はどうする
ニュージーランド政府は、国民との対話とパブリックコメントの聴取、議会での議論などを経て、2020年8月11日に新型タバコを含む厳格なタバコ規制を打ち出した(※6)。この規制を踏まえ、国民の喫煙率を2025年までに5%未満にし、タバコ販売店を現在の10%以下にするという目標を掲げて「Smokefree Aotearoa 2025」という健康推進計画を始めた。
今回のタバコ規制法もこの計画の一環で、同国保健省は「この施策がタバコ産業への強いメッセージになる」としている。また、ニュージーランドと同様、デンマーク政府は2010年以降に生まれた人へのタバコ製品の販売を禁じる法案を検討中とされ、マレーシア政府も2005年以降に生まれた人へタバコ製品の販売を禁じる措置を検討中だ。
もちろん、今回のタバコ規制法にも課題や問題点がある。前述した通り、電子タバコや加熱式タバコは対象外になっている。また、闇タバコの流通や密輸が横行することで、その摘発にコストがかかってしまう危険性も指摘されている。
日本では、受動喫煙の防止を主な目的にした改正健康増進法が2020年4月1日に全面施行され、コロナ禍もあってタバコ規制の動きが沈静化しつつある。だが、社会経済的な弱者の喫煙率の高さは日本でも同じであり、これが健康格差の原因の一つになっている。日本政府も国民の命や健康を考えれば、ニュージーランドと同様の政策に進んでいくべきだろう。